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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)7779号 判決

原告 歳部忠繁

右訴訟代理人弁護士 深田鎮雄

同 丹羽鉱治

被告 斎藤さよ

右訴訟代理人弁護士 村田善一郎

右訴訟復代理人弁護士 平岡高志

主文

一、被告から訴外斎藤清に対する東京地方裁判所昭和三五年(ワ)第二、一七一号建物収去土地明渡請求事件の判決の主文第一項および第二項に基く原告に対する強制執行は、これを許さない。

二、訴訟費用は、被告の負担とする。

三、本件につき、東京地方裁判所が昭和三六年一〇月一六日にした強制執行停止決定は、これを認可する。

四、この判決は、前項に限り仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

本件建物は、もと斎藤清の所有であつたが、新東京木材商業協同組合から抵当権の実行として競売の申立がなされ(東京地方裁判所昭和三四年(ケ)第四八五号事件)、昭和三四年六月一日右の申立に基いて競売手続が開始され、原告が昭和三五年二月三日本件建物を競落して同月四日競落許可決定を得、昭和三六年四月一二日その代金の支払を了つて同年四月二六日本件建物につき原告のための競落による所有権移転の登記がなされたこと、一方、被告は、被告が原告となり斎藤清を被告とする東京地方裁判所昭和三五年(ワ)第二、一七一号建物収去土地明渡請求事件について、「斎藤清は本件建物を収去してその敷地を被告に明け渡すべきことを命ずる。」旨の確定判決を有していたので、原告に対し、「原告が右のように競落によつて本件建物の所有権を取得し、斎藤清の特定承継人となつたものである。」との理由で承継執行文の付与を申請して昭和三六年八月九日その付与を受け、更に、同年九月一八日には原告に対する本件建物の収去命令(東京地方裁判所昭和三六年(モ)第一一七八四号)を得て、本件建物収去の強制執行に着手し東京地方裁判所昭和三五年(ワ)第二、一七一号事件に関しては実質上原・被告双方の訴訟代理人を兼ねていたのではないかとの疑が多分に存するのみならず、右事件以外の昭和三四年(ケ)第四八五号事件及びその関連事件についても、被告が病気の斎藤清に代つて実際上一切を取り計らつていたと見られる余地も大きいところである。

叙上認定したところを総合すれば被告と斎藤清間の東京地方裁判所昭和三五年(ワ)第二、一七一号建物収去土地明渡請求事件は、被告において本件建物の敷地について賃借権その他何等の権利を有していないにも拘らず、原告の本件建物の競落を阻止することを目的として提起された被告夫婦間の馴合訴訟であると見るのが相当である(仮りに東京地方裁判所昭和三五年(ワ)第二、一七一号事件について弁護士村田善一郎の双方代理が認められるとしても、確定判決である本件債務名義が当然無効となるものではなく、単に再審の事由となるに過ぎないものであるのみならず、右の事件については斎藤清の代理人として弁護士の富川信寿も訴訟を担当していたのであるから、村田弁護士の双方代理が認められない限り、原告としては再審をも求め得ないものといわなければならない。)。

なる程、第三者の権利を害する目的で原告と被告が相談した上、真実と異る原告主張の請求原因事実を、被告において真実に反することを知つておりながら全部自白して裁判所から原告勝訴の判決を得、その判決を利用して強制執行をなし、よつて第三者の権利を侵害した場合には、その強制執行は原則として不法行為を構成するものと解すべきものであり、この場合、原告又は被告は、その強制執行によつて第三者について生じた損害を賠償すべきものであることは多言を要しないところであるけれども、その強制執行の行われる以前に、第三者から法律上その強制執行を防止することができるかどうかは極めて疑問の多いところである。しかして、当事者間の馴合訴訟の結果によつてできた判決といえども、一旦判決として成立した以上、これを無効視することのできないのは当然のことであり、従つて、その執行力を否定することも原則として許されないところであるから、当該判決によつて第三者に対して強制執行をすることが不法行為を構成する場合においても、単に不法行為に該当するとの一事をもつて、その強制執行を事前に阻止することのできる手段は現行法上一般に認められていないと解すべきであつて、この場合、その第三者は、単にその蒙つた損害の賠償を受けることをもつて満足しなければならないものといわなければならない。しかしながら、その強制執行における不法性が極めて高く、その強制執行をすることを許容することが社会的にも到底認めることのできないような不合理な結果が発生し、又は、執行債権者が自己の利益を度外視して専ら第三者を害する目的のみによつて強制執行を強制するような場合、或いは、当該債務名義の取得並びにこれによる強制執行をすることが悪性の犯罪を構成するような場合においては、それによつて、権利の侵害を受ける虞れのある第三者に対して予め事前に当該強制執行を防止する法律上の手段を与える必要性が存するものといわなければならない。

本件においては、前判示のように新東京木材商業協同組合に若干強引な点があつたとしても、被告は、一旦本件建物等に抵当権を設定して契約書を差し入れ、自ら登記所まで赴いて抵当権設定の登記までしておきながら、原告が本件建物の競落許可決定を受けるや、急遽斎藤清と馴合の訴訟を提起して本件債務名義を獲得した上、原告に対して本件建物収去の強制執行をしようとしているものであるのみならず、本件建物の敷地に関する賃借権は既に斎藤清に移つて被告には在しなかつたにも拘らず、斎藤清との馴合訴訟をすることによつて再びその借地権を獲得して無から有を生ずる結果となつて大きな不当の利益を得ることとなり、他方、原告は、適法な競売手続によつて正当に取得した本件建物を理由なく失つて多大の損失を蒙る羽目に立ち至るのであると解される外、叙上認定のような事情の下においては、被告が、本件債務名義によつて原告に対し、本件建物収去による土地明渡の強制執行をすることを許容することにより、社会的にも法律的にも到底認容できないような不合理な結果の発生することが明らかであるのであるから、このような場合、原告に対して、予め、被告の強制執行を阻止する手段を与えなければならないものというべきである。被告は、東京地方裁判所昭和三一年(ワ)第二六〇号事件につき昭和三六年二月一八日された判決(判例時報二五九号一三頁)を引用して被告の本件債務名義による強制執行の正当性を主張するけれども、右の事件の事実関係は、土地の所有者とその土地の賃借人が通謀して土地賃借人の建物を競落した第三者を害する目的で馴合訴訟をした場合の問題であり、その場合は土地の所有者は第三者に対して土地賃借権の移ることを拒否する権利を有しているのであるから、本件のように土地に対する無権利者が土地賃借人と通謀して土地賃借人の建物を競落した第三者の権利を害する目的でした馴合訴訟の場合と同日に論することのできないものであつて、右の事案は本事件に適切でないのみならず、本件建物の敷地の所有者である鈴木松城において本件係争が解決すれば、権利を有する者に再びこの土地を賃貸する予定であると言明している(証人鈴木松城の証言参照)本件においては、なおさらである。

そこで、原告に与えられる強制執行を阻止する手段であるが、原告は、本訴において請求異議と執行文付与に対する異議を主張する。

元来、承継執行文は、債務名義が存在し、その債務者が交替して承継があつた場合には当然付与すべきものであり、本件のような場合にその承継執行文の付与のみを否定するということは適当ではない(原告は、「原告は本件債務名義の承継人ではない。」と主張するけれども、本件債務名義は、原告の本件建物に対する競落許可決定の確定前でしかも代金支払前に口頭弁論が終結しているのであるから、たとえ、競売の申立の記入登記がそのずつと以前にされたとしても、原告を本件債務名義の承継人に該当しないということはできないものである。)から、執行文付与に対する異議を認めることは適切ではない。

そこで、請求に関する異議であるが、その異議事由は口頭弁論終結後にその原因が生じたときに限定されているので、本件のように主として債務名義取得に問題のある事案においては、これを口頭弁論終結後にその原因が生じたものに該当するといえるかどうか、極めて疑問の存するところである。

しかしながら、強制執行請求権をも含めて訴訟法上の権能ないし権限といえども信義に従い誠実にこれを行使すべきものでこれを濫用することは許されないところであつて、債務名義の取得及びその債務名義に基く強制執行が信義誠実の原則に違反し権利の濫用に該当する場合には、異議の事由が口頭弁論終結後に生じたものでない場合においても、その債務名義の取得及びこれに基く強制執行を一体不可分のものとしてとらえ、これを権利濫用・信義則違反として請求異議の事由の一つとすることができるものと解するのが相当である。

しかして、本件債務名義は、原告の本件建物に対する権利を害するためにのみ奉仕さるべきものとして被告と斎藤清との馴合訴訟によつて取得されたものであり、被告が、この債務名義に基いて本件建物収去の強制執行をすることによつて、社会的に到底認容できないような不合理な結果の発生することの明らかであること、前判示のとおりである本件においては、被告が本件債務名義に基いて強制執行を強行することは、信義誠実の原則に違反し、権利の濫用に該当するものというべきであつて、本件債務名義は、原告に対する関係においては執行力を有しないものと解するのを相当とする。

とすると被告の本件債務名義に基く強制執行は、許されないものというべきであるから、原告が、その執行力の排除を求める本件請求異議は、その余の点について判断するまでもなく、正当としてこれを認容すべきものである。よつて訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を、強制執行停止決定の認可ならびにその仮執行の宣言につき同法第五四八条第一項、第二項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉永順作)

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